東京高等裁判所 昭和41年(ラ)291号 決定 1966年9月08日
抗告人 菊井勝三
相手方 笛木静子
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は別紙(一)(二)(三)のとおりである。
記録によれば、抗告人の求める建物使用停止の執行命令の基本たる本件仮処分命令は、抗告人主張の建物について、相手方(債務者)の占有を解いて執行吏の保管に付し、執行吏は相手方の申出あるときは現状を変更しないことを条件として相手方にその使用を許すことができる、等の趣旨の、いわゆる占有移転(現状変更)禁止仮処分である。
一般に、右のような仮処分命令の解釈について種々の見解があるが、当裁判所としては、かかる仮処分は、目的物の使用を債務者に許さなければならないところに必要性の限界を画したものであり、債務者が現状を変更したことを理由にこれに退去を強制し実質上いわゆる明渡断行の仮処分に転化することは、右仮処分の趣旨からは許されないものと解する。その意味で「現状を変更しないことを条件として」を一つの不作為命令とみても、その執行処分として目的物の使用停止をすることはできない。もし何らか債務者を退去させなければ本執行の目的を達しがたい事情が生じたとすれば、もはや当初の仮処分と異つた新たな必要性の変化、増大があつたもので、別個の仮処分の対象となると考えるほかはない。
以上のとおりで、本件仮処分についても右のように解すべきである。たまたま本件では、債務者の申出あるときは………使用を許すことが「できる」という表現をとつているからといつて、右認定に変りはない。すなわち債務者の申出があつた以上使用を許さなければならないのであつて、執行吏または執行裁判所に、使用の許可ないし停止の裁量を認めた趣旨と解することは到底できない。
よつて当裁判所は原決定と理由は異るが結局本件申立を却下すべきものと認めるから、本件抗告は理由がなく、棄却すべきものとして、主文のとおり決定する。
(裁判官 近藤完爾 浅賀栄 小堀勇)
別紙(一)
抗告の趣旨
原決定はこれを取消す。
申立人の委任する前橋地方裁判所々属執行吏は、別紙目録記載の建物に対する相手方の使用を禁止する事ができる。
との御決定を求めます。
抗告の理由
一、原決定は第三当裁判所の判断三(四)に於て相手方が本件仮処分後に本件建物の階下に於てビヤホールを開設し、現状を変更したと主張するが右のビヤホール開設の事実ないし開設の為にする内部改造等をなしたとの事実を認めるに足る証拠はないと判断した。
然し乍ら抗告人は昭和四〇年一二月五日撮影の本件建物入口の相手方掲出の広告を写真撮影して疏明している。それと執行吏の点検調書により明らかに認められる暖炉風のものを構築した事によりビヤホールに使用中なる事は容易に推認出来るのである。
抗告人が四〇年一一月一二日本件仮処分決定により執行した時は階上はともかくとして階下は一物も残さず競売されて持去られ空屋同然にて使用しておらなかつたことは原審提出の執行吏の執行調書により明瞭である。そして相手方が階下を改装した事は点検調書により明らかである。従つて決定執行当時の状態丈けは維持されねばならないのに原決定はこれを漫然と看逃がした違法がある。
二、原決定は更に進んで相手方はパトロン星野忠作なる人より資金的援助を受けており相手方はその営業につき右星野の意見を求めてはおるけれども相手方の名前にて営業免許を受けておるので自ら営業しておる事が認められるとして抗告人主張の営業を相手方が他に譲り相手方は単なる従業員にしか過ぎないとの主張立証を排斥した。
然し乍ら右は営業免許に対する誤解より生じた判断であつて違法である事は申す迄もない。一般に旅館飲食店等の営業免許は特定の場所に対して与えられるものにしてその人が対象ではない。
従つて相手方名義にて営業免許を受けておるという事は誰れが営業の主体実権者であるかという事とは関係ないのである。然るにこれを判断の資料にして前記の如く認定した事は誤りなることは明白である。
此の点に対する抗告人の立証である関口利光の証明書及びパトロンと名乗る星野某が営業上の什器備品等を競売後調えたる事、そしてその所有権は再度差押の虞れがあるので絶対に相手方には移しておらないこと等を考え合はせれば既に相手方には実権はなく、営業上の主体は他に移つておる事が明瞭となる。
三、原決定は更に相手方が本件建物の階下部分に移動の容易な卓、椅子の類を設備しカーテン等取替ないしは簡易な工程による照明具の設備変更等がなされる事は予想されるが、元々賃貸借の内容は階下部分も営業に使用されておつたのであるから本件仮処分が相手方に本件建物の使用を許した事は右の同様階下部分の使用をも許したものと解すとなし右の如き模様替は許容されるものとした。
然し乍ら仮処分の本質からいつて執行当時の現状にてその状態を保持すべき事は言を俟たない。本件執行当時階下は空屋同然であつたのだからその状態を保持すべきは当然である。然るにこれを拡張解釈する事は逸脱にして許されない。
四、原決定は更に相手方は前項例示の程度を超える本件建物の改造ないしは改装をなす虞れがあると認められないとした。然るに相手方はその後も改装等を僅かづつ乍ら継続しており最近人夫を入れて大掛りの改造模様替をしておる様子があつたので抗告人は四一年四月二二日点検の申立をし、真庭執行吏が四月二五日点検したところ、階下中央部入口正面に柱一本(二階迄貫通のもの)及更に奥に柱一本を新たに建て右柱二本の間に赤煉瓦を約高さ二尺五寸(八ケ積)長さ二間位を積み重ねてある事が発見された(別添点検調書)。
右は容易ならざる改造にして許す事は出来ない。
これに対し相手方は二階が落ちる虞れがあるから柱を入れたとか弁解された様であるけれども、此の建物は三八年に根本的に改造されたものであつて僅か三年にして建物が柱を入れて補強しなければならない程いたむとは到底考えられない。之れはそこに言訳を求めての全くの改造であつて不変更義務違反である事が議論の余地がない。
右は法を虞れない大膽不敵の行為であつて、断じて許す事はできない。これを放置する時は相手方は何をするか判らない。法の威信を保つ上からも速かに原決定を破毀して使用停止の命令を求めます。
五、又原決定は第三当裁判所の判断三(三)に於て本件建物階下フロアの奥附近に高さ一米左右各一米、奥行四五センチの凵型の構築物を築造した事を認め乍らこれは末だ不作為義務違反でないとしている。
然し乍ら東京地方裁判所昭和二九年二月一六日の判決ではL型にカウンターを設けて酒場経営のため屋内の模様替えしたことを現状を変更したものと認めているのである。
六、建物収去土地明渡の訴であれば家屋の同一性が失われなければ執行に差支えないから内部の若干の改装位は許されるとしても、建物明渡の訴の場合ならば賃借契約が存続中と雖も雨ちりその他の破損個所の修繕はしてよいがそれ以上の改造改装は原則として許されない。
況んや仮処分中に於ては尚更である。
現状不変更の仮処分は少くとも仮処分当時の儘で返還を受けらるゝようにとの意味であるから保存以上の変更は現状変更にあたると云わねばならない。殊に相手方は審尋を受けて事情は判つておつたに拘らず法を恐れる事もなく柱二本を新に入れ屋内にセメソトを使用して煉瓦積の工事をなした事は正に現状変更に当るのである(添附の点検調書)。
七、原決定は執行吏の公示を相手方が無効にする事に触れ公示は仮処分の効力維持の要件ないしは対抗要件ではなく単に第三者に警告を与えるものと判断した。然し乍らいやしくも仮処分決定に公示すべき事が明示されており委任を受けた執行吏が公法上の権利に基いて公示したのは単に第三者に警告を与える意味丈けのものではなく法律上の要件と云わねばならない。この法律上の要件を原決定の認定によるも相手方は故意に無効にしておる事は明らかであるのに、これに反しては刑事々件として告訴すればよいとの原決定の態度は肯けない。裁判所が法を無視してよいような判断を示す事は法の威信を傷つけ他への影響も甚大にして今後は折角の公示も無効にされて役に立たない事になる。抗告人が疏明として提出した昭和四一年二月二一日の点検調書にもその点が明記されており執行吏も裁判所が厳然たる態度に出る事を要請しているのである。
以上のとおりであるから速かに原決定を取消し抗告趣旨記載のような御裁判を求めます。
別紙(二)
抗告理由の追加
一、本件別紙目録の建物について前橋地方裁判所昭和四〇年(ヨ)一三一号不動産仮処分事件の決定により、相手方は現状を変更しないことを条件として使用を許されておつたのに原審にて保管を命ぜられた執行吏の再三再四に亘る停止命令に耳をかさず現状変更の違反を継続しておつたが相手方は遂に階下部分を完全に現状変更して了つた。
二、抗告人は相手方が現状の変更をしておるので抗告後、
五月 九日
五月十四日
六月一七日
の三回に亘り点検の申立をして執行吏をして相手方に対する職権発動を求めたのであるが、遂にその効果は得られなかつた。
六月二七日の点検調書にて明らかな如く柱や格子を建てたりレンガを積んだり現状を変更した事は明らかであるのに執行吏にはこれを阻止することはできなかつた。
三、又相手方は右六月二七日の点検調書やその以前の調書にても明らかな如く執行吏が立去れば公示札を無効にして了うのであつて全く法を恐れない暴力行為を繰り返しておるのに原審は之れに同情してか、現状を変更して命令違反しておる事は明らかなのに敢えて停止の処置をとらず放任して了つたので遂に変更を完成して了つたのである。
四、相手方の行為は法を無視する行為であつて、法治国にては許さるべきことではない。この相手方の行為を見逃す時は暴力が罷り通ることになる。世間では法が筋を通すか法と雖も暴力には勝てないか、注目してみておるのであるから法治国の秩序維持の為にも速かに抗告趣旨記載のような御命令を発せられんことを求むる次第です。
別紙(三)
抗告理由の拡張追加
一、原決定は、第三当裁判所の判断四に於て将来相手方が本件建物の現状を変更し、又はそのおそれがあるとは思われないとして抗告人の主張を排斥している。
二、然し乍ら相手方は原決定以後は大胆無謀にも公然と改修工事を続け遂に仮処分当時は空屋同様であつた階下に、仮処分後に一度作つたブロツク積み等は取壊し新に中央部に棒格子をはめ下部に赤煉瓦を積み、建物の外部の東側一間北側一間半の部分に格子を入れ改修を完成させた事が四一年六月二七日の執行吏の点検の結果明らかにされた。
三、又相手方は公示札を無効にする事は原審以来抗告人は指摘し立証して来たところであるが、執行吏が立去れば直ちに公示を無効にする事を繰返し、殊に公示を破毀して棄て去つてしまつたので更に執行吏は厳重な公示をなしたところ直ぐに無効にするような行動をとつたので温厚な執行吏も遂に腹に据えかねて、相手方を告発したのである。
斯の如く相手方には数々の不法行為があるので何等同情の余地なく、速かに抗告趣旨記載のような御裁判を得度く抗告理由を追加する次第です。仮りに全部に対する使用停止が不可とするならば、最初は使用(営業上)しておらなかつた階下部分の使用停止を求めます。
又は相手方に対し少くとも現状を回復する事を命ぜられたいのであります。